KFC創業者 カーネルおじさんの話
今の自分の年齢で、もう何か始めるの遅いかなって思うことありますか。
私はあります。毎日のように。
誰かのSNS投稿を見ては、いいなあって思う。
フォロワーの数、洗練された投稿、次々と結果を出していく姿。
でもよく考えると、私が見ているのはその人の表側だけなんですよね。
うまくいかなかった日のことも、誰にも見てもらえなかった時期のことも、全然見えていない。
それを知っていても、つい比べてしまう。結果が出ていない自分に、焦ってしまう。
「比べなくていいよって人に伝えようとしている自分が、実は一番比べている」
そんな葛藤が、正直ずっと自分の中にあり続けています。
そんな私が最近、ある人の誘われてKFCのランチへ。
恥ずかしながら、KFCのタッチパネル操作もままならないので・・・
知人に操作を教えてもらいながら注文完了(セルフのレジはいつも冷や汗!)
私の幼いころは
カーネルおじさんのケンタッキー・フライド・チキンのバケツをクリスマスに食べることが定番でした(我が家は出てきたことありませんが)
優しいおじいさんがにこにこ笑っている印象がとても残っています。
そんなKFCの創業者、カーネル・サンダース。
実はかなりの苦労人。
6歳でお父さんを亡くして、大人になってからも農夫、消防士、保険の外交員、鉄道員、ガソリンスタンドの経営と、40近くの仕事を転々としました。そのほとんどが、うまくいかなかった。
それでも30代後半、ガソリンスタンドでお客さんに出したフライドチキンが評判になって、レストランを始めることに。人生で初めて、手応えを感じた瞬間だったそうです。
でも、またそれも奪われてしまう。
お店が火事で全焼してしまったんです。
65歳のとき。手元に残ったのは、フライドチキンのレシピだけ。
年金は月に105ドル。
普通に考えたら、もう終わりだって思いますよね。
それでも彼は、諦めなかった。
「このレシピを売ろう。」たったそれだけを信じて、全米を車で回り始めました。
一軒一軒、レストランを訪ねてレシピを売り込む。
断られました。また断られました。また、断られました。
その数、1000回以上。
ここを読んだとき、私は少し動けなくなりました。
1000回って、どんな気持ちだろう。
私なら1回断られただけで、向いていないのかもって思ってしまう。
それでも彼は、続けた。1009回目に、初めてYESが返ってきたんです。
フライドチキンの口の中に広がるあの味。
100年近く変わらないレシピ。
この一口の向こうに、1000回の断られがあったのか、そう思ったら、なんだか胸が温かくなりました。
他の人の輝いている部分だけを見て焦っている自分に、
KERNELおじさんはそっと教えてくれた気がします。
結果は見えても、過程は見えない。
カーネルさんの1000回だって、誰にも見えていなかった。
葛藤したまま、それでも続けていい。
完璧じゃなくていい。
そう思えたら、少し肩の力が抜けました。
カーネルおじさんが諦めていたら、KFCは存在しなかった。
年齢は関係ない。
失敗の数は、関係ない
65歳から始めた男が、世界を変えた。
私にもまだやれるかも!!
そう奮い立たせてくれるお話でした。
KFC、やっぱり美味しいです☺️
ごちそうさまでした、カーネル。
そして諦めないでくれてありがとう

コメント